第十四章 真実とは芋蔓式で華麗に登場するものである。

「俺、ビール」
「あたし、カシスウーロンにしよ。小寺ちゃんと橋本君は?」
「・・・」
「・・・」
 一体、何がどうなっているのか。そう思った二人は、とっさに飲み物を聞かれても答えなんか出てこない。
 しかし、一歩早く回復したのは橋本だった。加藤と同じものを頼むと言い、物足りないので何か食べ物を頼んでも良いかと聞く余裕まで出てきた。
「おー。良いぞ。食え。食え」
 と、加藤がいつもと変わらぬ調子でゴーサインを出す。
「小寺ちゃんは?」
 そう言われて隣の田中にメニューを渡されると、小寺も何となく落ち着きを取り戻して、やっと飲み物を選び始める。とりあえず、何だか分からないけれど、事の成り行きを見守ることにしよう・・・。
 そう思えたのは、多分立場が一緒の橋本が目の前にいるからだ。小寺はそれを理解しながら何となく、安心と不安を持て余した。

「・・・あのー」
 かんぱーい。と加藤の音頭で飲み始めたものの、橋本は気になって仕方なかったので三人を見回して言う。
 隣に加藤。目の前に小寺。その隣に田中。これは、初めての組み合わせだ。だからかもしれないが、何だかとっても違和感がある。
「・・・どうしたんですか? 急に、この四人で二次会なんて」
「え?」
「別に意味ないけど」
 と、加藤と田中はケロッとした顔で言う。
「・・・」
 そうかなぁ。と、橋本は勘ぐる。が、本当にそうなら別に構わない。とも思った。現に小寺はその言葉に安心したのか、田中とキャッキャ言いながらメニューを見ている。
「まぁー。小寺がな。あそこで聞くと怒るからっていうのもあるが」
「はい?」
「ん?」
 と、橋本に言った加藤の言葉に、小寺も反応して顔を上げる。
「改めて聞くが、お前、昨日小寺をちゃんと送ってったのか?」
「ちょっと加藤さん!!」
 きーっと、小寺が両手をブンブン振り回して叫ぶ。が、隣は田中だし、対面は橋本だしで、小寺に出来ることは今、一つもない。
「送ってったらしいわよ」
 と、答えたのは田中だ。
 そして、その隣で「ぎょっ」としたのは小寺である。
「もー。小寺ちゃんたら。そんなに照れなくても」
 と、田中がなでなですると、小寺は一気に大人しくなった。猛獣・・・ではなく、珍獣使いに見える。と、思ったのは自分だけだろうか。と、橋本は思う。
「だ・・・だって・・・」
 その状態でも怒りを失わなかったのか、涙目で田中を見ると、余り褒められたことではないが加藤を指差してじたばたし始める。
「加藤さんがー。加藤さんが会社出る時に変なこと言うからーっ。業務命令とか言うからーっ」
「あららら」
「橋本君、帰るの遅くなっちゃったでしょーっ。加藤さんのせいでーっ」
「えー」
 と、加藤は全然我関せずの表情でそう呟いた。かと思うと、いきなり難しい顔をして腕を組み、お父さんみたいなことを言い始める。
「しょうがないだろ。お前みたいなちっちゃいのが夜道をフラフラしてみろ。誘拐されちゃうぞ」
「されないもん! 大丈夫だもんー!!」
「アホか! お前なんかなぁ。片手でヒョイ、だぞ!?」
「そんなに軽くないもん!」
「じゃあ、何キロあるんだ。言ってみろ」
「え」
 と、そこで会話は終わった。
 かのように見えた。
 が、最後の最後で小寺がいつもの負け惜しみを叫ぶ。
「加藤さんの馬鹿ー!!」

「まあ、それにしたって」
 半泣きの小寺が落ち着くのを待って、田中が呟く。
「橋本君、よくちゃんと送ってったね」
「はい?」
 イカの姿焼きを口に入れながら、橋本は顔を上げた。まだ恨めしそうに加藤を睨んでいる小寺の隣で、田中は苦笑いをしながら橋本に言う。
「いくら業務命令って言われてもさ」
「まぁ・・・」
 この場は、早く治めた方が良いなと思い、橋本は加藤の責任を半分肩代わりすることにした。本音でもあったし。
「確かに、危ないですからね」
「ほらみろ」
 と、隣の加藤が火に油を注ぐから、小寺がまたキーキー言い出す。
「加藤さんがそんなこと言わなきゃ、そんなことせずに済んだんですよーっ」
「関係ない! お前、自分のちっちゃさをナメてんだろ! もうちょっと自覚したらどうだ!」
「ひ・・・ひど・・・ひどーい!!」
 がーん。と、小寺がショックを受けたのが分かった。あーあ。と、橋本は思う。多分、田中も思っているだろう。何だってこの二人はこんなに通じ合えないのか。
「えーと・・・」
 どうにもならないので、橋本は頑張って消火活動をすることにした。この二人を放っておくと、ろくなことがない。そして今は、自分にしか出来ないことだ。田中には、どうしようもないだろうから。
 とりあえず、騒いでいる小寺をまずは落ち着かせよう。
「小寺さん」
「は? ・・・は、はいい?」
 小寺が心底ビックリしたような顔で、そんな返事をする。まさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのかもしれない。怒られると思ったのか、肩を竦めて恐る恐る橋本を見上げる。
 橋本は、だったら騒がなきゃ良いのにと思いながら棒読みで、こう言った。
「俺、別に迷惑とも面倒とも思ってないんで」
「・・・」
 ぽかん。と、小寺は口を開けた。そしてその顔のまま、みるみる赤くなっていく。
「いや・・・あの・・・そ・・・そんな風に思ってると思ってる訳じゃなくて・・・」
 あわあわあわ。と、小寺は抵抗とは違う、じたばたをしながら橋本に言う。
「分かってますけど」
 しれ、っと橋本は答える。そして、これでほぼ完全に小寺は消火したと悟る。しゅるるるる、と音を立てて、いつもよりも小さくなっていくのが見ていて分かったから。
 本来だったらそれを見て笑いたいところなのだが、今回はそうもいかず、やはりそっけない口調で明後日の方を見ながら橋本は呟いた。
「あえてハッキリさせとこうと思って」
「ね・・・ねえ」
 すっかり大人しくなった小寺の隣で、小寺と橋本を見比べながら、田中が様子を伺うように小さな声で言う。
「あの・・・さ」
「はい?」
 小寺は無反応だ。自分に問いかけられていると思っていないのかもしれない。橋本だけがそう答えると、田中はまだ二人を見比べながら、言い辛そうにこんなことを言う。
「二人って・・・さ。もしかして付き合ってたり・・・するの?」
「・・・」
「!!!」
 その言葉に対して、二人は全然違う反応を示した。あの加藤ですら「おい? 小寺どうした?」と、素で心配した様子で声をかける。
 多分田中は、加藤から橋本の答えを聞いてはいただろうが、単純に疑問に思って、もう一度本人達に聞いてしまったのだろう。確かにそうされても文句の言えないタイミングではある。
 ・・・が。
 あーあ。とうとう、と言うべきか。やっと、と言うべきか。その質問を聞くことになってしまった。・・・勿論、小寺が。
 しかし橋本は、顔色が真っ赤な小寺を見ながら、今はそんなことを言ってる場合じゃないなと悟る。加藤に聞かれた時もだが、別に本当に付き合っている訳ではないんだから答は一つしかないのに。それに、そう提案した時は、その状況を理解出来れば良いと思っていただけで、本当に聞かれる事になるなんて、思ってもいなかったし。・・・うーむ。どうやら、あの時思い描いていた未来とは、全然別の道を辿って来たようだ。
 ・・・などと、感慨に耽っている場合ではない。目の前で小寺は固まっている。迷っているのかもしれない。「そういうことにしておく」というだけの仮の交際を、どこまで引っ張れば良いものか。そんなことまで、真面目に考える必要などないのに。
 やっぱり、余計なことを言ってしまったのかもしれない。と、反省して、橋本はハッキリと答えた。
「付き合ってないですよ」
「・・・」
「・・・」
 その言葉を聞いて、お兄さんとお姉さんは小寺を見た。
「・・・」
 その小寺は泣きそうな顔で橋本を見ている。
 しかし、どこかに安堵も見られるような気がした。どうすればいいのか分からない状況を、とりえ合えず脱出出来たという、安堵。
 心持ち落ち着きを取り戻したのか、顔色を戻しながら、小寺はこっそり・・・と思っているかもしれないが、皆の視線の先でため息のような深呼吸をついた。三人に、その意味を理解する術は、今の所ない。
「・・・ふーん・・・」
 沈黙が続きそうなその間を、敢えて壊してくれたのは、田中だった。
「そうなんだー・・・。何となく、最近仲良いんじゃないかと思ってたんだけどなぁー・・・」
「・・・いや・・・えーと・・・」
 どうしようかな。と、橋本は思った。「そもそも」の話を、ここでしてしまおうか、迷った。その話題は多分、この空気を一発で粉々にすることが出来る・・・ような気がする。楽しい飲み会にするのなら、それも悪くはないと思う。
 でも、なぁー。何か、この話題を引っ張り出すと、結果どこに着地するか、分かったもんじゃないんだよなぁー。
 そんなことを悶々と考えた橋本の前で、小寺は下を向いたままシュンとしている。その表情の意味が、今は全く分からない。何に対して、その表情をしているのか。
 それを見ていたら。
 あー。もう、まぁー・・・良いか。どうなっても。
 橋本は考えるのも馬鹿らしくなり、唐突にその火種を晒しても良いような気がしてきた。今回話さなければ、変な蟠りが残りそうな気がしないでもない。それで後で後悔するくらいなら、この場で騒ぐことになっても、その方がマシな様な気がする。多分。
 それに、加藤と田中はともかく、小寺と変な違和感を共有したくない。それが解決出来るなら、この場での話の流れなんて、急にどうでもよく思えてきた。
「・・・実は、ですね。小寺さん、つい最近まで・・・というか、俺が教えるまでお二人が付き合っているの、知らなかったらしいんですが」
「え?」
 と、驚いたような声を出したのは加藤だった。
「あれ? 言ってなかったの?」
 余程意外だったらしい。心持ち裏返ったような声で、加藤は田中に問う。
「・・・あー・・・」
 その問いかけに対し、田中は明後日の方を見ながら何かを思い出したらしい。
「そういえば・・・言ってなかったかも・・・」
「ま・・・まぁ、それは良いけど」
 で? と、話を切ってしまったのを戻したそうな顔をして、加藤は橋本を見た。ゴーサインが出たので、橋本が続きを請け負う。
「・・・で・・・ですね。小寺さん、知らなかったことに、ちょっとショックを受けたらしくですね」
「違う・・・」
 その橋本の言葉を、低い声が遮った。
「ん?」
 と、加藤が言った。
「え?」
 と、橋本が言った。
「?」
 と、その声に、目を丸くした田中の隣で、小寺は半べそをかいて加藤を睨む。そして、ハッキリとこう言い切った。
「今、ハッキリと分かった。何で二人が付き合っているの知って、あんなにモヤモヤしたか」
「え? な、何だ?」
 と、加藤が珍しく小寺の迫力に押された瞬間、小寺は隣の田中の腕にしがみ付いて叫ぶ。
「加藤さんに田中さんは上げないんだから!! 駄目なんだからね!!!」
 うわぁーーーん! と、小寺は声を上げて泣き出す。
「・・・え?」
 そこ? と、呆れ返って呟いた橋本の横。
「ちょ・・・何言って・・・」
 と、加藤は反抗期の娘をもて余す父親のように戸惑っている。そして、何か言おうとしたのか取り繕うとしたのか、息を吸いかけたところで小寺の先制攻撃。
「駄目だもん! 加藤さんなんか、あたしのことイジメてばっかだし、声も体もでっかいし、認めない!」
「・・・えー?」
 オロオロ。予想外の事にか、でかい人は、それしか出来ていない。その対面の田中は、まだ話に乗り切っていないのか、ビックリした顔をしたままだ。その隣で小寺は加藤を威嚇したり泣いたり叫んだりで忙しい。
 その混乱の中、橋本一人が冷静で、小寺の言葉の意味を正確に理解して、本当は頭を抱えたいのを肩を落とすのだけで我慢する。
 今やっと、改めて小寺の動揺の理由を理解する。どうやら、自分は小寺の「焼き餅」に巻き込まれていたらしい。しかも、加藤に対する、である。
 あの時、質問を間違えたことを、橋本はハッキリ自覚した。「小寺さん、加藤さんのことが好きなんですか?」ではなかった。小寺が「取られた」気がしていたのは、田中だったのだ。それもまぁ、勿論本気の恋愛感情が言っている訳ではなく、田中への憧れがなせる技だろう。それと加藤への色々な怒りが上乗せされているのかもしれない。
 おまけに加藤に至っては、自分に「小寺を泣かすな」とか言っておいて、自分で泣かせてるし。・・・と、重箱の隅を突付くようなことはこれくらいにして。まあ、とりあえず問題は解決した模様。と、大騒ぎの中で橋本は一人一件落着宣言をする。
 が、そうは問屋(小寺)が許さなかった。
「田中さんっ」
 半べそをかきながら、田中を控えめにユサユサして小寺が言う。
「田中さん、言ったじゃないですか! 加藤さんのこと、お馬鹿って!」
「え。そんなこと言ったの?」
 もう、場は混乱を極めている。加藤は本気で傷付いた顔をして、小寺に突っ込む気力もない。しかし、小寺はそんな加藤の呟きなど完全に無視して橋本もビックリのこんな発言をした。
「それに人には言えない恋愛中って言ってたから、だから・・・だからあたし・・・」
「え?」
 と、男二人の声が重なる。そして、多分一瞬後に小寺が叫ぶことと同じことを想像しただろう。
「あたし、ふ、不倫なのかなって、思って聞けなかったのにーっ」
「ち、知香ちゃん!?」
 加藤も、もう形振り構ってられなかったらしい。小寺と同じようにじたばたしながら、対面の田中の名前を叫ぶ。どうやら加藤は、プライベートで田中を「知香ちゃん」と呼んでいるらしい。
 ・・・などと言っている場合ではない。
 橋本は、もう自分では治まりつかなくなった修羅場(?)を、ただただ見守るしか出来ない。その横で、加藤は怒るというよりも困惑しているように田中に問う。
「なな、何それ。ど、どういうこと?」
「・・・えーと」
 田中が、やっと息を吹き返したらしい。しばらく小寺にされるがままだったが、小寺が叫び終わったようなので、という感じでやっと口を開いた。
「とりあえず、まずは小寺ちゃん。落ち着いて」
 と、田中はハンカチを出して小寺の涙をゴシゴシと拭いてやる。くすん、と鼻を鳴らした小寺は、一瞬で沈黙した。
 ますます珍獣使いにしか見えない。と、思った橋本の隣に居る人に、田中は声をかける。
「・・・それから・・・あと、加藤君」
「は、はい?」
「ごめんね」
 この流れだと、何に対して謝ったのか、橋本はすぐには分からなかった。が、最悪の状況を考えていたであろう加藤の頭に、岩のような何かがぶつかった鈍い音がした・・・気がした。その音を、田中も聞いたのであろうか? 手を横に振り、慌てて「違う」と呟く。
「あの、加藤君が考えているようなことの謝罪じゃなくて。・・・んー・・・」
 田中はやがて、深いため息を付いて呟いた。そして、頭を抱えて呟く。
「あたしが、全部悪いみたい。ちゃんと説明するね」

「えー・・・と。まず、どうして小寺ちゃんに付き合っていることを言ってなかったかっていうとね・・・」
 手持ち無沙汰なのか、田中はカシスウーロンに入っていたマドラーを当てもなく揺らす。憂鬱そうな、余り見たことのない表情に、小寺は完全に見入っている。自分で投じた爆弾なのに、その後の後始末は我関せずのようである。
 その小寺を見て橋本は呆れてしまいそうだったので、勤めて小寺を見ないようにした。かといって田中を見ると、小寺と同じような気持ちになってしまいそうな・・・気がする。もう、どこも見るのをやめて、机の木目辺りを見ることにした。
 その橋本に、田中の声が聞こえてくる。
「・・・多分、ね。それ、小寺ちゃんが入社して三ヶ月位の時に言ったんじゃないかと思うんだけど・・・」
 と、同意を求めるように小寺の方を向くと、田中と目が合った小寺はコクコクと頷いた。さっきまで泣いていたのはどこへやら、つるっとした頬っぺたがピンク色に染まる。
「橋本君は勿論知らないと思うけど、加藤君、その頃から小寺ちゃんを可愛がって・・・っていうのは加藤君の主観で、小寺ちゃんにしてみれば、今と同じ様にからかわれてたっていうか・・・うん」
 まるで橋本に説明しているように聞こえるが、自分が知らないことを的確に教えてくれようとしているのだろう。その言葉に、橋本は頷いた。要するに、今と同じということだ。分かり易い。
「それでね。小寺ちゃんが加藤君に対する不満・・・と言うと何だか深刻そうに聞こえるけど、まあ・・・愚痴よね。それを話してて。そこから急に彼氏の話になったものだから、すんなり言えなくて」
「・・・はぁ」
 誰も応えないので、橋本が合いの手のように返事をする。
「それでね」
 両手を目の前で合わせて、田中は言った。加藤に向かって。
「ごめんなさい。ちょっと言葉を濁したら、そういう言い方になっちゃったの」
「・・・」
 まぁ・・・分からなくはない。つまり「人」イコール「小寺」だっただけの話だ。小寺には言えない、ではおかしなことになってしまうから、他人にいえないというニュアンスで誤魔化したのだろう。
「な・・・何だよー」
 大きなため息と一緒に、隣でそんな呟きが聞こえてきた。加藤は心底ホッとしたような表情で、やっと肩を落とす。
「ビックリしたじゃんかー」
「ごめんね」
「いや、別に良いけどさ」
 そう言ってビールを飲んだ加藤を見て、橋本は呆れを通り越して感心した。本当に包容力があると言うか・・・おおらかというか。こういうところは、本当に加藤の凄いところだと思う。きっと、さっき小寺が言っていた「お馬鹿」の話なんて、宇宙の果てに飛んで行っている位にどうでも良い話になっているだろう。
 それともなければ、加藤が本当に田中のことを大好きで、信用し切っているかどちらかだ。いや、どちらも。なのかもしれない。
「それよりも」
 加藤の中で、本当に田中の話は一瞬で解決してしまったらしい。矛先を小寺に移して、加藤は鼻息荒く、こんな事を言う。
「小寺。お前、何だって? 俺の愚痴なんか言ってたのか」
「そりゃ言いましたよ!」
 小寺の表情が一瞬で引き締まる。キッと加藤を睨み付けると、毎度のごとく、失礼ということなど無視して加藤を指差してこんなことを言う。
「大体、加藤さん。あたしが夢と希望いっぱいで入社したその日に、体当たりしてきて何て言いました!? 『あ。悪い。見えなかった』って! 他にも謝罪の仕方があるでしょー!?」
「仕方ないだろ!? 本当に見えなかったんだから!」
「最初の飲み会だって、素で『お前、本当は未成年だったりしないだろうな』って、かつてなく真面目な顔して言ったでしょ! あたしの履歴書、見たでしょ!? 何でわざわざそんなこと言うんですか!」
「履歴書なんて、何とでも書けるだろうが!!」
「嘘なんか書かないもんー!」
 ぎゃーぎゃーぎゃー。
「・・・」
 わー・・・。と、橋本は正直呆れた。この二人は、小寺の入社直後からこんなことをやっているのか。良く飽きないなぁと、思う。
 視線を移すと、田中と目が合った。肩を竦めると、向こうも呆れたように小さく首を横に振る。
 そんなことをやってはみたが、結局二人は笑ってしまった。しょうがない。その理由は単純明快。二人とも、彼と彼女が好きだから。

 その後、小寺と加藤の言い合いは小一時間続いたが、別に得られるものも無く、蟠りが残ることも無く、何も解決することなく、心持ち田中が加藤のフォローしたり、橋本がどっちつかずの発言をしてからかったりしたりして参戦しつつ、最終的には加藤の奢りで小寺にデザート(本日二度目)を食べさせたら何となくその場が治まった。変な会社だ変な会社だと事あるごとに思っていたが、今回は自分もその中に取り込まれてしまったような気がして、何となく落ち着かない橋本であった。
 時刻は十一時。小寺がデザートを食べ終わったところで、一旦お開きになった。


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