第十三章 のんだくれでのんだくれ。2

「か、加藤めー!!」
 きーっと、聞きなれた声で叫びながら、小寺はじたばたと手を動かした。目の前にいるのが橋本なのに、腹が立って仕方が無いのか、じたばたをやめる気配が無い。
「ちょ・・・ちょっと、小寺さん。落ち着いて・・・」
「これが落ち着いていられるかーっ!」
「き・・・気持ちは分かりますけど。廊下ですからーっ」
 押さえ気味な橋本の声など、ヒステリーを起こしている小寺には聞こえていないらしい。
 その小寺はというと、部屋に背を向けた形で正座をしている。どうしてその状態になったのか、唯一見ていた橋本だけは理解出来るが、間違いなく他の人には理解出来ないだろう。
「・・・うう・・・うえーん」
 本気ではないようだが、心境的には本当に泣きたい気分のようだ。肩を急に落として顔を覆って、小寺は泣き声のようなものを洩らした。
「ちょっと、でっかいからって何よーっ。でかかったら余計に小さい女子供に気を付けないと駄目でしょーっ」
「・・・はぁ・・・まぁ・・・」
 それは尤もですが・・・。と、呟いて橋本は肩を落とす。それと小寺も、もうちょっと自己主張したほうが良い。多分、本当に加藤には見えなかったのだろう。
「と・・・とりあえず、席戻りましょ? ね?」
「やだーっ! あんな部長の隣は嫌だーっ」
「・・・えーっと」
 こんな手で釣れる訳が無いよな? と、思いつつも、とりあえず橋本はこんな提案をする。
「小寺さん、そろそろデザートでも頼めば良いじゃないですかね」
「・・・」
 ぴたっと、小寺の反抗が治まった。嬉しいような、嬉しくないような。複雑な心境で橋本は言う。
「加藤さんに『そろそろデザート食べたい』って、言ってみればいいんじゃないですか? 多分、食べさせてくれますよ」
「・・・」
 むー。と、よくやるように小寺は唸った。が、それは十秒足らずで終わりを告げる。どうやらデザートと怒りを両端に掛けた天秤は、音を立てて片方に傾いたらしい。
 ひょこひょこひょこ。と、四つん這いに近い形で、小寺は部屋に戻った。そして、大きな笑い声を上げている加藤のワイシャツをちょいちょい引っ張って自己主張する。
「ん? お? 何だ? 小寺」
「加藤さん・・・」
 ちっちゃな声で・・・というのは、加藤と比べてしまうからなのか、本当に小さいのか、もう分からなくなってきた橋本の前で、小寺は呟く。
「ん?」
 と、加藤が耳を近づけると、小寺は言った。
「デザート食べたいです」
 そう聞いた加藤は、昨日橋本がやったのとは比にならない程豪快に小寺の頭をわしゃわしゃする。
「おー。食え食え。いっぱい食って大きくなれよー」
「わーい」
「・・・」
 本当に何なんだろう。この人達。と、思った橋本の後ろに、店員が近付いてきて声をかけた。見ると、焼きうどんを持っている。
「あ、俺のです。どうも」と言って受け取って、橋本はやっと席に戻った。

「どうしたの?」
 もう、すでに口を押さえて笑っている田中がそう言った。席に戻って、ビールが空なのを思い出して、しまったと思いながら橋本は席に着く。とりあえず、空腹を満たせる。そう思ってホッとする暇もない。
「・・・いや・・・」
 橋本は割り箸を割りながら、見たままのことを田中に告げた。
 それは、自分のサラダが届いたと聞いて、入り口付近に視線を向けた時のことだった。
 小寺はその時、部屋の隅に置かれた鞄でも取ろうとしていたのだろう。それは、加藤と店員の影で見えなかった。多分、そんなところだろうという予想でしかない。何にしてもこの時の配置は、加藤の背中の辺りに小寺がいたという事で間違いはない。
 その後、店員が去った直後、加藤が大きく小寺の方に傾いたのだ。どうも、余程面白いことがあったらしい。背中を沿って、ビールを片手に大きな声で笑っていた。
 その、加藤に押し出されたのだろう。詳しくはどういう状態だったのかは分からないが、その加藤の背中のほうから、小寺がコロンと廊下の方に転がっていったのが見えた。店員が襖を閉め忘れていなかったら、多分激突していただろうと思われる。
「どこまで転がっていったのかと思ったら、廊下で正座してました」
 呆れ切ってため息混じりにそう報告すると、田中はもう堪えきれなくなったのか、お腹を抱えて笑っている。
「な・・・何なんだろうね。ホント、面白いよね。小寺ちゃんて」
「面白いですけど・・・」
 隣に涙を浮かべて笑っている人がいると、何だか笑うに笑えない。いや、空腹のせいかもしれない。そう思い、橋本はとりあえず腹を満たすことにした。


 橋本が一時間も参加出来なかった「のんだくれ」での飲み会は、早々に終了した。ビール三杯と焼きうどんとサラダ。それに余り物をちょっと摘んだらお開き。何だか満たされないような気もしたが、腹は膨れたので良しとしよう。
 二次会どうするかと話しながら、店の外で溜まっている同僚達の輪のちょっと外。そんなことを思っていたら、小寺が隣に来て橋本を呼んだ。
「はい?」
 返事をして声のした方を見ると、小寺がちょっと頬を赤く染めて橋本に頭を下げる。
「あ・・・あの、ごめんなさい」
「・・・はい?」
 二連続で同じ言葉を口にして、橋本は小寺の頭頂部に問い掛ける。何が? と。
「み・・・見苦しいところをお見せしました」
「見苦しい・・・」
 と、言われてすぐに何のことか思い当たった。代わりに笑ってくれない田中の代わりに、今度はちゃんと笑って橋本は言う。
「いや・・・面白かったから良いですけど」
「面白いって・・・」
 羞恥心と怒りのせいか、小寺の顔は変な色に染まる。しかし橋本に言い返す言葉がないのか、シュンとしたまま顔を上げない。
「あれ? いや、そんなに落ち込まなくても」
 酔ってんのかな。と、思って声をかけた橋本の前で、同僚が「カラオケに行くぞー」と、叫んでゾロゾロと歩き始めた。
「あ。えっと・・・小寺さん、どうします? 行きます? カラオケ」
「え? あ・・・うん・・・」
 その言葉でやっと小寺が顔を上げ、背中の方の同僚を見ながら頷く。そして、何となく二人とも、そっちの方に歩き始めようとした。
 が、その二人がカラオケに行くことはなかった。
「駄目でーす」
「二人はこっちで二次会でーす」
 何故ならそんな声と共に、橋本は加藤に。小寺は田中に腕を絡められたから。
「え?」
「な、何?」
 橋本と小寺が見上げた上司二人は、その問いに答えることはなかった。そして四人はカラオケとは逆方向に歩き始める。
「あれれれ?」
「わわわ、わわ」
 基、二人に引きずられて、二人はカラオケとは逆方向に進むしかなかった。ちなみに正面同士で腕を組んだ為、部下はしばらく背走することとなった。


戻る 目次 次へ