第十二章 映画館で気付いたこと。2

 改札を抜けて、ホームに向かうまでに「明日も仕事なのに」「橋本君、遅くなっちゃう」「危ないのに」「加藤め」と愚図っていた小寺だが、入ってくる電車が見えると橋本を見上げて言った。
「・・・ねぇ」
「はい?」
 加藤め。に、映画よりもウケていた橋本は、それを悟られないように返事をする。そして小寺を見ると、彼女は真っ直ぐに橋本を見上げたまま、こんなことを言う。
「あたし、まだ・・・」
 その続きは、電車の音にかき消された。
「え?」
 と、顔を近付けると、小寺は心持ち大きな声で言う。
「あの、まだ、間に合うよ?」
「?」
 何に? と、思いながら小寺の顔を見ると、電車が停止して風が止み、小寺の髪が下りたところだった。顔にかかった髪を指で避けながら、小寺は必死に訴える。
「あたし、電車で帰れるよ?」
 まばらに降りてくる人達に避けられながら、小寺は何の返事もしない橋本がまだその言葉の意味を図りかねていることを理解したのか、こんなことを言う。
「そ・・・それでも、送ってもらっちゃって、いい・・・のかな」
 まるで、終電を逃したからと嘘を付いていたことをことを白状するように言う。
 そういうことじゃないのにな。と、橋本は笑いながら言った。
「どっちにしても送るんで」
 発車のベルが鳴り始めている。
「小寺さんが電車が良いって言うなら、電車で送りますよ?」
「・・・」
 ぽかん、としていた小寺は、その言葉の意味を理解する。
 そして、ゆっくりと電車を指差して、言った。
「・・・乗ろ・・・っか」
「そうしてもらえると有難いです」
 そうと決まれば。と、慌てて二人はドアの閉まりそうな電車に飛び乗った。ぶつかりそうなタイミングで閉まったドアを見て、少しだけ肩を竦めて。でも無事に乗車して、二人は顔を見合わせる。
 何やってるんだろう。二人も、そう思った。
 だから目が合って、思わず笑った。



「ここですよ」
 と、橋本は右側に現れた月極駐車場を指差した。街頭と、駐車場のライトがあるので結構明るい。コンクリートなので、足元の不安も無かった。
「へー・・・」
 十台程駐車出来そうだ。一台一台が十分に余裕のある広さを与えられた、綺麗な駐車場だった。そこをキョロキョロしながら進みつつ、小寺は橋本に言う。
「家、ここから近いの?」
「そこです」
 と、駐車場の隣を指差す。そこには、五階建て位のマンションがあった。
「ほえー」
 と、声に出して小寺は呟く。
「すごーい。良い所に住んでるんだねー」
「いや、結構古い建物ですよ」
 一緒にマンションを見上げながら、橋本は言う。
「明るいと分かると思いますが」
「ふーん」
「駅からちょっと離れてるから、家賃も安いし」
「そうなんだー」
「今度、遊びに来ます?」
 橋本は、本当は本音で言った。でも。
「え?」
 と、聞き返した小寺が、その言葉を理解する前にからかうように言う。警戒されたくなかった。小寺に、変な意識をされたくなくて。
「DVDになってるのだったら、映画は見放題ですよ。小寺さん、結局コメディも映画館で見るの駄目そうじゃないですか。笑い堪えて、肩震えてましたよね」
「・・・」
 小寺は照れているのか怒っているのか、それを聞いて顔を染めると下を向いた。言い返す言葉を考えているようだ。
 そしてしばらくの沈黙の後、やっと顔を上げて橋本に言う。
「知らないからね」
「はい?」
「あたし、お腹抱えて笑いまくって、上下左右の部屋から苦情殺到させるからね」
「いいですよ」
 宣戦布告を、橋本はあっさりと引き受ける。
「でもうち、一階の角部屋なんで上と右側にしか部屋ないですよ」
「むー」
 あー言えばこー言う。と、ぶつぶつ言いながら、小寺は唇を尖らせた。そして、歩き始めた橋本の横を一緒に歩き始めた。
 やがて見覚えのある車の前まで来ると、思い出したように橋本が呟く。
「そう言えば小寺さんて」
 車の右前で別れる前に立ち止まった橋本につられ、小寺も足を止めた。
「ん?」
「ホラーとか、見れるんですか?」
「ほ・・・?」
 と、呟いた小寺は肩を震わせた。
「む・・・無理! 無理に決まってんじゃん!」
 あんなの見たら寝れなくなっちゃうよ! トイレも行けないよ! と、子供のようなことを言う。とてもじゃないが、二十歳を超えている社会人の発言とは思えない。
 夜の駐車場。それも、手伝った。自分の立っている場所が明るくても、そのせいで光の当たっていない暗闇が周りを包み込んでいる。
 それを周りを見回して気付いてしまった小寺の体温が、急に下がったようだ。今度は体ごと震えて、首を横に振る。
「やだ! 絶対見ないからね!」
「・・・ふーん」
 別に意地悪をしようと思った訳ではないのだが、橋本はその反応が面白くて口角を持ち上げる。
「ちょ・・・っ」
 それに気付いて、小寺はペンギンみたいに手をバタバタさせながら橋本に言った。
「幼稚園で習ったでしょ!? 人の嫌がることはやっちゃ駄目って!!」
「いや? 俺は『人の嫌がることは進んでやりましょう』って教えられましたけど?」
「え?」
 思ってもいなかった反撃に、小寺がピタッと止まった。そして、その言葉を理解しようとする様に、こめかみに人差し指を当ててしばらくグラグラしていたが、やがてキッと顔を上げて叫んだ。
「それ、違う!!」
「はいはい」
 反応、遅いなぁ。
 笑いながら、橋本は車の鍵を開ける。そして、小寺に乗るように促した。
「駄目だからね」
「何がですか?」
「あたしにホラー見せたら駄目だからね」
「とりあえず乗って下さいよ」
「・・・ほ、本当に駄目だからねー!」
 ぴょんぴょん跳ねながら、車の上で話をしようとする小寺を見て、車の中で話せば早いのに。と、橋本は至極真っ当なことを思った。



「さて。行きますか」
 二人、車に乗って橋本は呟いた。小寺は隣で頬っぺたを膨らませている。
「・・・小寺さん?」
「・・・」
 むー。と唸ったまま、小寺は、まともな返事をしない。橋本がホラーを見せない、ということに対してイエスの返事をしていないからかもしれない。
 それともなければ、送ってもらうのにいつまでもギャーギャー言っては申し訳ないと思ったのか。
「・・・怒りました? もしかして」
 橋本は、そこまで考えもしない。ただ、面白いなぁと思って、からかうだけ。
 小寺はむーむー言ったまま、その質問にも答えない。どう答えたら良いのか分からないのだろう。それだけは橋本に分かったので。
「じゃあ、小寺さんちに着くまでの間」
 橋本はキーを回しながら呟いた。
「間が持たないんで、怪談でも話しましょうか?」
「やだー!!」
 むきーっ! と、小寺が耳を塞いで叫ぶ。車に乗ってて良かった。車に乗っているから、小寺は叫んだのかもしれないが。
 それにしても、正に悲鳴だ。誰かが通りかかってたりして、今の悲鳴を耳にしたら通報されるんじゃないかと思って、橋本は早々車を出すことにした。
 隣で小寺がまだぎゃーぎゃー言っていたが、とりあえず無視した。



「橋本君、さぁー」
 とりあえず「分かりました。見せません。見せませんて」と、運転中の橋本をゆっさゆっさ揺すって言わせたその言葉に満足したのか、小寺が話しかけてきた。が、まだ少しだけ声に棘がある。
「加藤さんに似てきたねー」
「え?」
 どこが? と思う。加藤のことは良い人で良い上司で出来る人だと思っているが、似ていると言われても、ちょっと複雑な橋本であった。あんなにおおらか百パーセントの人になれる筈がないのにな。
 そんなことを思いながら「?」を頭に詰め込めるだけ詰め込んだ橋本に、小寺は言った。
「あたしを、からかうところだよー」
 いー、だ! と、子供みたいなことをして、小寺はまた膨れっ面に戻った。訂正。まだ機嫌は直ってなかったらしい。
「あー」
 それは仕方ないだろう。と、思う。加藤の気持ちは良く分かる。小寺は正直、面白い。むしろ、小寺のせいであるといっても過言ではない。
 でも、それを言うと多分怒るので。
「何よ。あー、って」
 訂正。もうご機嫌斜めのようなので。
「・・・はいはい」
 じゃあ、加藤さんと違うことをしてみようかな。と、思い立って、橋本は小寺の頭をなでなでしてみる。
 まあ、落ち着いて。と、思いながら。
「・・・」
 一体、それをどう思ったのか。小寺は多分頬っぺたを染めて、いきなり大人しくなった。
 本当に、子供みたいに。



「着きましたよ」
「おおー・・・」
 本当だ。本当に着いた。と、小寺は呟いた。
 実は、少し前に二人は「賭け」をしていた。ナビを使わずに、小寺の家まで着けるかどうか。
 小寺は、だから道案内はせずにいた。が、橋本は間違うことなく、この前小寺の家まで送り届けた時と同じ道を通って目的地に到着。さすがに新しい道を使っては無理だったが、これで良しとしよう。と、橋本は思う。
「すごいねー。良く覚えられたねー」
「まあ、道を覚えるのは苦手じゃないですよ」
「そーなんだー・・・」
 ちょっと、羨ましい・・・と、いう言葉を口から溢したかどうか。小寺の目に僅かな尊敬が映る。
「十二時、過ぎちゃいましたね」
 迷惑だからとライトを消しながら橋本が呟く。時計は、十二時十分を示していた。
「え? あ、本当だ。いや・・・あたしは大丈夫だけど・・・あの・・・」
「?」
「は、橋本君、大丈夫? 明日・・・」
「・・・」
 そんなに心配しなくても。と、思って言葉に詰まった。明け方じゃあるまいし、全然大丈夫なのに。
 送るって言ったのは、自分だし。
「大丈夫ですよ」
 なでなで。何だか、さっき小寺の髪に触れてから抵抗がなくなったのか、また頭を撫でて橋本は笑う。
 何だかこうすると、小寺が落ち着きそうな気がして。
「・・・」
 小寺は、その橋本を、今度こそ真っ赤な頬を見せながら上目遣いに見ている。
 そして、面白くなさそうにボソッと呟いた。
「橋本君。あたしのこと子供だと思ってるでしょ」
 お? と、思った。そうか。そうは思ってなかったけど、子供扱いみたいに見えるな。と、思って橋本は小寺の髪から手を放す。
 そして、そう言われるとますます子供みたいに見えてしまった小寺に吹き出しながら言った。
「思ってないですよ」
「・・・ホントかなぁ?」
「ホントですよ。ただ」
 どっかで聞いたな。あ、これは小寺が自分に言ってくれた言葉だ。と、思いながら橋本はその言葉を口にする。
「小寺さん。優しいなぁ、と思って」
「・・・」
 その言葉に、今度は小寺が言葉を失ったらしい。目を真ん丸くして橋本を見ていたが、やがてぶんぶんと首を振る。
「そ、そんなことないよ。橋本君の方が、ずっとずっと優しいよ」
「そんなことないと思いますけど」
「あるよー」
 と、あまりに力を入れて小寺が言うから、じゃあ、そういうことにしておいて貰おうかなと思う。照れ臭いが、あんまり悪い気もしない。
 でも。と、思う。優しいだけの男ってどうなんだろう? 優しいだけの女って良いか? 悪くはないけど、すごく良い訳じゃない様な・・・。
「そう思うと違うかもー」
 と、小寺は無邪気に呟いた。前を向いて腕を組んで、うんうん頷いている。
「加藤さんは、ただのイジメっ子だからなー」
「・・・」
 本気で言っているのか。そうじゃないのか。橋本は判断がつかなくてノーコメントにした。傍目には凄く可愛がられている様に見えるが、本人に伝わらないということもあるもんだ。
 でも、だから別に妬いている訳ではないのだが、ちょこちょこ小寺の話に出てくる加藤を思うと、やっぱり印象に残る方が良いと思ってしまう。自分が傍に居ない時にも、自分のことを思い出して貰えるんだろうか? とか。
 そんなことを考えている自分に気付いて、呆れた。これじゃ、加藤に焼き餅を焼いているみたいだ。必要もないのに。


戻る 目次 次へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。