第十一章 何はともあれ、腹ごしらえ。

 片言の日本語の中国人らしき店員に迎えられて、二人がけのテーブルに向かい合って座る。正直、机も小さいし席と席の間も狭い。時間帯のせいか、客は七割ほど入っている。しかし、一人ないし二人連れの中年男性ばかりで、ゆっくり話をしながら食べるような雰囲気ではない。黙々と食事を進めている。ざっと見た感じ、女性客は小寺しかいない。
「ほぉー」と、いう言葉が聞こえてきそうな口の形をして、小寺はキョロキョロしている。中途半端な中華風の飾りを見ているのか、貼り付けられた何枚あるのか分からない手書きのメニューを見ているのか。
 古い印象の店だった。床もテーブルも壁も、全て鈍い色をしていて寂しい印象を受ける。不規則に置かれた不揃いの飾りも、もはや飾りと言うよりは物置に詰め込まれているようだ。そう思うと、もう壁に立てかけられているようにしか見えなくなってくる。
 その中で、店員同士が話す中国語がやけに大きく響き渡る。が、あまり騒々しい感は無い。むしろ、よどんだ空気が活力を得たように感じる。そうでなければ、客は逆に窮屈だろう。
「何にします?」
 炒飯と半ラーメンセットに餃子をつけるか。と、割とここに来た時の定番に決めた橋本は、メニューを渡しながら小寺に言う。
「えっとねぇー」
 小寺は天井近くのメニューを見ながら迷っている。が、何だか楽しそうだ。視線があっちこっち忙しない。
「メニューありますよ?」
「あ、そっか。ありがとう」
 そう言われて、やっと手元に視線を戻す。そして、何ページかあるそれを一生懸命めくり始めた。
「橋本君は決まったの?」
「はい」
「はやっ。何にするの?」
 メニューを見ながら、こっちを見ずに小寺は言う。さっき心に決めたメニューを言うと「そんなお得セットがあるの?」と、小寺がメニューの中を探し始めたので「ここですよ」と、早々に教えてやる。正直、時間が勿体無い。
「いーなー。あたしもセットにしようかなー」
 そのページを見ながら、小寺は呟く。
「いや・・・やめといた方が良いと思いますよ」
 写真載ってるのに。と、思いながら橋本は引きつる。自分だって、結構腹いっぱいになる量がある。小寺がいくら空腹だと言っても食べ切れないだろう。それとも、空腹だからか。空腹は、人を無謀にする。
「そう? そんなに大盛り?」
 その言葉に大人しく従いながら、小寺は別のページを開く。そんなことを話しながら小寺が迷っていると、店員が近付いてきた。客が注文を決めた様子も無いのに、いつもここの店員は入店から三分後くらいに席に来る。
「あわっ。ちょっと待って。あ、やっぱ良い。これにする!」
 と、一人で全て完結して、小寺は店員を見上げた。
 大丈夫かな。変なの頼んだりしないだろうな。と思いながら、橋本はメニューを見なくても言えるセットを頼んだ。
「あ。餃子良いなぁー」と、再び小寺が迷い始めたので、橋本が助け舟を出し「俺の半分上げますよ」と言った。ここの餃子はかなり大きい。初めて頼んだ時、ちょっと驚いた位に大きい。だから、二皿も頼むのは自殺行為である。
「ホント? わーい」
 じゃあねぇ。と、小寺は五目あんかけ焼きそばを注文した。店員はやはり片言で確認をして、無愛想な表情で去っていく。無表情といった方が正確かもしれない。
 橋本は、当然気にしない。そして、小寺も全然気にしていなかった。
「あたし、あんかけ好きなんだぁー」
 と、嬉しそうにメニューを仕舞いながら言う。そして、再びキョロキョロ見回しながら、呟くように言う。
「こういうところ、一人とか女の子同士じゃ入り辛いしさー。量だって、さっきみたいに教えてくれなきゃ分からないから、知ってる人と来るのが一番だよねぇー」
「まぁ・・・そうかもしれないですね」
 そう答えながら、橋本は何となく不思議だった。あまり親しくない男女が来る様な店じゃないからだろうか? それとも、女の子が望んで来るような店じゃないからだろうか。
 何だか凄く違和感がある。もしかして、小寺のせいかもしれない。小寺がちょっと、今まで知り合った女の子と違う感覚を持っているからかもしれない。
 そうしたら自分は、どう受け止めたら良いんだろう? それは時間が解決する問題かもしれない。すぐにそう思い当たって、だから橋本は深く考えないようにした。

「はい。餃子」
「わっ」
 ホッケでも乗せるような長方形の大きな皿に、五つ。巨大な餃子が載っていて、小寺は思わず仰け反った。指を指して「あの? 何これ?」と、橋本に問いかけようとしたら、その前に次の料理が降ってくる。
「炒飯と」
 どーん。
「半ラーメンと」
 どーん。
「五目あんかけね」
 どどーん。
「・・・」
 唖然。どうやって持ってきたんだろう。あのお姉さん。
 さっさと伝票を置いて去っていくその細い後ろ姿を、小寺は疑問いっぱいで見送る。手にはお盆一枚しか持っていない。そして視線を戻し、自分の目の前に広がる今夜の晩餐を見た。
 半ラーメンと言いつつ、普通のどんぶりに見えるのは気のせいでしょうか? 二人分の食事を置いたらテーブルに隙間がない・・・というか、あんかけ焼きそばの皿はちょっとはみ出してさえいる。
 そして、山のように盛られた麺、と野菜やら魚介やら豚肉まで入ったあん。
「おおー」
 高さを確認するように下から見上げてみて、小寺は拍手をした。
「何やってるんですか」
 そんなの持ってこられて、よく引かないなぁ。と、思いながら橋本は箸を渡す。
「食い切れます?」
「頑張る」
 拳を握ってそう言った後、両手を合わせて小寺は言った。
「いただきまーす」

「橋本君。ギブ」
「いただきます」から三十分程、後のこと。
 小寺は、そう言って皿を橋本の方に押しやった。押されたのは餃子の皿だ。その上には、最後の餃子が載っている。
 橋本は、少し前に完食していた。小寺はその時点で、まだ三分の一程残していた。その彼女の目の前の崩れかけた山を見ながら、食い切れるのかな。と思いつつ、橋本は黙って見ていた。
 そうしたら、こっちに向かってきた餃子の皿。どうやら、それに対して戦意喪失したようだ。
「ごめんなさい」
 小寺は一個、餃子を頂いていた。しかしその大きさと自分の獲物で、橋本の言っていた半分(橋本三個・小寺二個)には及ばなかった。
 そうは言っても、目の前のあんかけ焼きそばは完食寸前だ。むしろそこまで良く食えたな。と、橋本はちょっと感心した。
「二皿頼まなくて良かったでしょ」
「はい。あたしが愚かでした」
 そう言いながら、終盤まで残していた鶉の卵をモグモグしている。苦しそうではない。むしろ、餃子以外を完食したらぴったり十割になるんじゃないだろうかという程、余裕の顔をしている。
 そして、自分がギブアップした餃子を食べようとした橋本に、小寺は言った。
「橋本君さぁ、結構食べるねー。全然太ってないのにねー」
「え」
 正確には、その聞き返した言葉には濁点が付いていた。要は、その言葉に物凄く呆れてしまったからである。たれの皿に餃子を移してから、橋本はそのままの顔で、この前飲み込んだ言葉をついつい言ってしまった。
「まんま、小寺さんに返しますよ。ホント、よく食いますね。ちっちゃいのに」
「・・・」
 ぷう。と、小寺の頬が器用に膨らむ。それを見て「あ。しまった」と思ったが、橋本は気になることを思い付いたので、そのまま口にした。
「えーと・・・小寺さんは」
 その言葉に、小寺が膨れたまま顔を上げる。その顔を見てると笑ってしまいそうだったから慌てて顔を逸らし、橋本はこんなことを聞いた。
「どっちに膨れてるんですか? よく食いますね、の方ですか? それとも、ちっちゃいの方ですか?」
「・・・」
 その言葉に、小寺は視線を下にずらす。そして、怒るきっかけが「ちっちゃい」以外にもあったと認識した。
 だとしたら、彼女の答えは一つしかない。
「両方!」
「・・・ですよね」
 余計なことを言ってしまった。自分の迂闊さにちょっと笑ってしまいながら、橋本は小寺の餃子を平らげた。

「ご馳走様でしたー」と言って、店から出ると、小寺は伸びをしながら満足げに呟いた。
「お腹いっぱい」
「同感です」
 同意した橋本が歩き出すから、小寺もつられて歩き出す。
「もう向かいましょうか」
 時計を見ながら橋本が言う。時計をしていない小寺は、自分の携帯で時間を確かめるのを横着して、橋本の時計を覗き込んだ。八時四十分。ここから十分もかからない距離だから、丁度良い時間に着くだろう。
「うん」
「ところで、何の映画でしたっけ?」
 今更のように、橋本が言う。小寺は鞄から映画のチケットを取り出した。そしてそれを見ながら、確実ではないが多分間違いはないことを口にする。
「コメディっぽいよ?」
 とはいえ、詳しいことが分からないので、小寺は橋本にチケットを渡した。
「・・・聞いたこと、ないですね」
「あたしも」
 それぞれ一枚ずつを手に持ち、それを見ながら映画館に向かった。


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