第六章 部長さんと新人君の信念。2

 橋本がつれてきてくれたのは、海が見える和食を中心としたダイニングだった。時間が早かったこともあるのか、窓際の海が見える席に案内された。正方形を真っ二つに割ったような三角のテーブルは、その切断面を窓側に向け、カウンターのような形で座ることが出来る。
「何か・・・格好良いお店ー」と、小寺は席に着いた時から、そわそわと落ち着きがない。かといって、変に緊張している訳でもなさそうだ。海を見ながらご満悦である。
「なに食べます?」
 メニューを渡されて、小寺は三回ほど隅々まで見たようだが、その内に橋本の方をチラチラと見始めた。
「なんですか」と言うと、「どう頼んだら良いか、分かりません」とギブアップ宣言をしてメニューで顔を隠す。それだけで、まるで小寺が消えたように見えて、ちょっとびっくりしながら橋本はそのメニューに言った。
「好きなもの頼めばいいじゃないですか。俺、好き嫌い無いから何でも良いですよ」
「むー」
 そう言われて、再び小寺はメニューと格闘を始めたものの、サラダと二品を決めて、後は橋本にメニューを戻した。仕方が無いので、メニューをテーブルに開き「これとこれはどっちが良いですか」「これとこれだったら、どっち好きですか」と、最低限の選択肢に絞り、やっとメニューを決める。
 そんなこんなで後は運ばれてくるのを待つだけになると、急に元気になって一仕事終えたような顔をするから「何でそんなドヤ顔するんですか」と、一応突っ込んだ橋本だった。

「橋本君て、和食好きなの?」
 飲んでもいいですよ。と勧めてはみたが、会社の飲み会でもあまり飲んでいるイメージの無い小寺・・・というか、むしろ締めのデザートを食べている小寺のイメージが強い橋本の前で「烏龍茶!」と、こんな時には堂々と大きな声で注文した。それを飲みながら、小寺はそんなことを呟く。
「好きですよ。っていうか、割と何でも」
 そう言って、運転手のため選択肢の無い橋本も烏龍茶を飲みながら答えた。
「ふーん」
 その答えを聞いて橋本から目を逸らし、店内と海を見てから小寺は呟く。
「こーゆー所って、よく来るの?」
 本当にリッチだな。と、呟く声が聞こえてきて、橋本はコンビニの一件を思い出し、呆れながら答える。
「初めて来る店です。だから、申し訳ないですが美味いかどうか知らないですよ。桜町の駅に向かう途中に通って見付けただけの店なんで」
 寧ろ、小寺の方が知っているだろうと思ったのに、無反応だからおかしいとは思っていたのだ。実は。
「・・・ほー」
 と、暢気に呟く小寺を見て、この人自分の家の近くなのに、本当に全然店とか知らないんだな。と、素直に呆れてしまった。そして、言うつもりの無かったこんなことまで言ってしまう。
「イタリアンとかなら何となくここら辺の店も知ってましたけど、敢えてやめたんです」
「ん?」
 え? 何で何でー?
 と、暢気に質問してくる小寺の首元を指差し、橋本は言った。
「絶対、服とか汚すでしょ。小寺さん」
「・・・」
 そう言われて、何も言い返せずに肩を竦めるしか反応の無い小寺。どうやら、そういう失敗を何度もしているらしい。見たことは無いが、予想はずばり的中していた模様。
「・・・は」
 やがて、息切れしたように小寺は呟いた。どうやら、ゲームだったら、そろそろゲームオーバーになりそうなダメージを受けた様子の小寺は、起死回生の一撃とばかりに恨めしそうな顔をして橋本を見る。
「橋本君だって、白い服着てんじゃん。自分だって、危ないじゃん」
「ま、それもあります」
 シレっと答えると、それが一層小寺のストレスを加速させたらしい。何かぶーぶー言っていたが、橋本はほぼ無視した。


 温泉卵のシーザーサラダとタタキが運ばれてきて、それを食べた小寺は「うまっ」と、口の中に入ったまま呟いた。その感想に、橋本も頷く。
「結構美味いですね」
「美味い美味い」
 小寺は、五秒前まで膨れっ面だった。さっきの橋本の指摘に、ずっとぶーぶー言っていた。それが、美味しいものを食べてまたしてもご満悦である。簡単な人だな。と、今日は色々と小寺について知ったような気になった橋本だったが、その感想に予想外の三文字は無い。つまり、再確認しただけで橋本の中の小寺像は結局変わっていないとも言える。
「うー・・・ん。幸せ」
 箸を握り締めてそう呟く小寺を見て、よく食べる割にちっちゃいですよね。と、言いかけて止めた。またご機嫌斜めになられても困る。
 ただ、この前の展示会の時も思ったが、小寺は何気に良く食う。どこにそんなに入っていくのかと思ってしまう程には食う。
 まあ、良く食べるのは良いことだ。
「いやー。知らなかったなぁー。こんな良いレストランが近くにあったなんて」
「小寺さん、いつもどこで外食してるんですか」
 あまりに知らないことが多すぎて、逆に不思議になって橋本は尋ねた。小寺はサラダを大きな口に入れながら言う。
「ファミレス、とか・・・」
 と、言いかけて、止める。それ以上の言葉は出てこない。
 しばらく橋本がいるのとは逆の左側を向いてもぐもぐやっていたが、それを飲み込んでから小寺は言った。
「・・・かな?」
 もぐもぐしている間に、もうちょっと他の答えが考え付かなかったのか。そう思いながら、さらに疑問になったことを橋本は口にする。
「いっつもファミレスですか?」
「いっつもファミレス」
 またサラダを口に入れかけて、入れてから話せないのを思い出したか、サラダを摘んだ箸をそのままにして小寺は言った。
「女友達とご飯行くとさ。長居するからドリンクバーとか必需品なの。こういうところに、ドリンクバーとか無いじゃない?」
 そう言って、待ちきれなかったのか、小寺はサラダを口に運んだ。続きの質問をする暇を与えない。
 まぁ。いっか。それを見て、橋本はこれ以上の会話を、今は諦める。とりあえず、腹を満たしてもらう。気に入ったようだし。
 そう思い、橋本もタタキを口に放り込んだ。


「あ。そうだ」
 ホッケをつんつんしながら、小寺は思い出したようにそう呟いた。その手元を見ていた橋本は視線を小寺に移すが、小寺はホッケしか見ていない。
「質問、しても良い?」
 しかし私用ではなく、橋本に関することだったらしい。
「何ですか?」
 と、小寺を見て聞いてみるが、小寺は相変わらずホッケを見たまま、骨を突っつきながらこう言った。
「この骨、とっても良い?」
「良いですよ」
 案外、マメな人だな。と思う。骨を取る云々ではなく、いちいち聞かなくても良いことまで聞くから。
 でも、それは質問とは別件であったらしい。小寺は骨をぺらー、と剥がしながら、相変わらず橋本を見ずにこんなことを言う。
「橋本君はさぁ。営業さんにとって一番大切なことって、何だと思う?」
「・・・はい?」
 急に仕事の話になって、思わず橋本は聞き返した。しかし、相変わらず魚とばっかりイチャイチャしている小寺は、こっちを見ない。
 しばらく黙っていても、最優先はホッケらしく、小寺はそこから身を剥がそうと頑張っている。話が進まなそうなので、橋本はその手元を見ながら小寺に言った。
「いきなり、就職の面接みたいなこと言いますね」
「うん」
 小寺は、骨からもぺらーと身を剥がして、やっと橋本を見た。そして「いただきまーす」と笑ってから、それを口に突っ込みながら話をする。
「で、何だと思う? 売り上げとか、営業トークとか?」
「・・・んー・・・」
 そういえば、当然のことながら就活中に聞かれたなぁ。と、思う。あの時、なんて答えたっけな? と、思うがハッキリと覚えていなかった。
 ただ、仕事をしている今は、こう思う。
「お客さんじゃないですかね?」
「お客さん?」
 小寺は気が済んだのか、一旦箸を置いて橋本を見る。
 そう構えられても、橋本はこんな話を熱く語る気も無かったので、その小寺から顔を逸らして、真っ暗に見える海を見ながら呟いた。
「お客さんに満足してもらえるのが、一番だと思いますよ」
「・・・」
 小寺は、それをどう受け取るか、決めかねているらしい。
 が、遠慮なく質問をぶつけてきた。
「うちの会社の、売り上げとかよりもー?」
「・・・」
 うーん。なんて答えたら良いかな。と、思いながら、烏龍茶を飲んで橋本は答えた。
「お客さんを大事にすれば、売り上げも伸びると思うんですよ」
「・・・」
 うーん。と、小寺は難しい顔をして、置いた箸辺りを見ている。
「俺、ありがとうって言ってもらえたら嬉しいし」
「うん」
「ありがとうって言われるってことは、お客さんも満足している訳ですし」
「うんうん」
「そしたら、売り上げも伸びるんじゃないですかね?」
「・・・なるほど、ねぇー」
 小寺は難しい顔をして、腕組をして考えている。
「・・・うちが売っているものは、殆ど他の商社からだって同じもの買える訳じゃないですか」
「うん」
 まだ話が聞ける。と、小寺は両手を膝の上において、橋本を見上げる。
 橋本は、そんな小寺の様子には気付かずに、海を見たまま続けた。
「で、価格競争しようたって、うちの方が高いことだってあると思うんですよ」
「うんうん」
「だから、何か・・・」
 声に熱が篭ってしまいそうで、なるべく冷まそうと一息入れて、橋本は言った。
「例えば、先生のお気に入りのバーとか、衛生士さんの使ってるブラシとか、そういうの覚えておいて、しばらく注文が無いと思ったら、もしかしたら在庫切れしちゃうかもしれないから車に載せておこうとか、セールの時に勧めてみようとか、そういうことをするしかないんですけど」
「・・・うん」
 そんなことしてたんだ。と、当たり前かもしれないことだが、小寺は話を聞いて初めて実感した。そっか。営業さん達は外回りの後、そんなことを纏める為にパソコンに向かってたのかもしれない。と、気付く。
「でも、そういうことが一度実を結べば、相手も次に困った時はその時のことを思い出して、ちょっとは頼ってくれたりするかもしれないし。まぁ、とりあえず喜んではくれるし」
「・・・」
 見上げる橋本は、いつもとなんら変わりは無い。でも、小寺の中では少し、何かが変わりつつあるように思えた。
「そういうことが、結果売り上げを伸ばすことになるかな、とは、思ってますけど」
 勤めて簡潔にそう説明をして、橋本は小寺を見る。
「だから、会社のことはちゃんと考えてますよ。まぁ。会社の売り上げの為にお客さんを大事にするか、お客さんを大事にした結果会社の売り上げを伸ばすか、鶏と卵みたいな話になるかもしれませんが」
「・・・」
 小寺の中に、忘れそうになっていた田中の声が蘇る。
『お客さんに対しても、製品に対しても、何となく愛を感じるしね』
 ホントだ。
「加藤さん・・・も」
「え?」
 小寺の声に、橋本は小寺を見る。小寺は、さっきと同じように膝に手を置いてかしこまったような格好のまま、俯いて呟いた。
「・・・橋本君と加藤さん、大事なものが一緒なんだって」
「・・・はぁ」
「二人とも、そんなこと考えながら仕事してたんだね」
 気付かなかった。と、小寺は申し訳ないような、寂しいような気持ちで呟く。
 その横顔に、橋本はからかうようにこんな事を言う。
「加藤さんは、なんだかんだ言って凄いですよ」
「・・・」
 むう。と、橋本からそんな言葉が出て、素直に喜べずに小寺は頬を膨らませた。それには気付いていたが、橋本は苦笑しながら呟く。
「どの先生が何が好きって、殆ど頭に入れてますからね。営業は、あの人の天職ですよ。多分、喜ばれるのが凄く好きな人なんだと思いますよ」
「・・・」
 小寺はその言葉に、黙り込んでしまった。
 それに、異論は無い。加藤は、結構マメだ。それに、がさつに見えるが人の感情を察してくれる。飲み会では盛り上げ役だし、いっつも笑顔だし、人を笑顔にさせるし・・・うん。
 ・・・でも、さ。
「だったらさー」
 小寺は口を尖らせて、悔し紛れにこんな反論をする。
「あたしの気持ちだって、もう少し察してくれても良いじゃないか」
「え?」
「いっつも、ちっちゃいちっちゃ言いやがってー」
 そしてぷくーっと頬っぺたを膨らませた小寺を見て、橋本はとうとう吹き出した。


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