第五章 抹茶チョコとイチゴチョコ。

 桜町駅の、一般乗降車場。電話をしながら向かうと、ワゴンタイプの白い車が見えた。あれらしい。
 本当に車に乗ってる。と、思いながら小寺は小走りに向かった。そして、助手席側から運転席を見ると、電話を片手にしている橋本が見えた。小寺を見て、笑って片手を上げる。
 ・・・えっと。と、そのまま手を振ってみたものの、勝手に開けても良いものかと一瞬戸惑った小寺に気付いたらしい。
「? どうしたんですか?」
 と、電話からも直にも橋本の声が聞こえた。と、思ったら、橋本が運転席から体を伸ばしてドアを開けてくれた。
「いや、その」
 電話を耳に当てながら、小寺は慌てて言い訳をする。
「か、勝手に開けても良いのかって、思って」
 そう言いながらドアを開くと、橋本が笑って言った。
「良いに決まってるし」
 そう言って、電話をしまう。
「もう電話越しに話さなくても、聞こえてますよ」
「・・・」
 そ・・・そっか。
 今まで縋る様に必死に耳に当てていた電話をやっと離して、小寺は頭を下げて言った。
「お・・・お邪魔します」
「お邪魔します?」
 その言葉を繰り返して、橋本は一瞬びっくりしたような顔をしてから笑った。そして、助手席に座って不思議そうに自分を見上げた小寺に言う。
「初めて聞いた。車に乗る時に、そんなこと言うの」



「・・・」
 車が走り始めて、小寺は、思わずまじまじと橋本を見上げた。同じような椅子に座っていても、やはり全然目線が違う。
 橋本は、ジーパンにTシャツを着て、白いシャツを羽織っている。あまり飾り気が無いように見えるが、橋本には良く似合っている。それに、スーツしか見たことがないせいか、随分ラフに見えた。印象が、全然違う。
 私服、こんなんなんだー。普通の男の子みたい。それに、普通に車も運転してるー。とか、そんなことを思っていたら、随分必死に見ていたらしい。
「? 何ですか?」
 こっちを見ないものの、小寺の強烈(?)な視線に当然気付いたらしい。橋本は前を見たまま、不思議そうに言う。
「え? み、見てないよ? 全然?」
「は?」
 その、あからさまな嘘に橋本は当然気付いて笑う。チラッとこっちを見て、言った。
「小寺さんて、すごい分かり易い嘘つきますね」
「見てないったら」
「ミラーに映ってましたよ」
「嘘!」
 どのミラー!? と、必死にサイドミラーやバックミラーを見る小寺に、橋本は舌を出して言う。
「嘘です」
「・・・は?」
 そう言った途端、自分の近くにあるミラーを色々な角度で覗き込んでいた小寺がキッと橋本を見上げて言った。
「嘘つきっ」
「小寺さんだって嘘つきじゃないですか」
「あたしのは、すぐ分かる嘘だもん!」
「じゃあ、やっぱさっきの嘘だったんですか?」
「う・・・ううう。嘘じゃないもん」
「それも、嘘ですね」
「ちが、違うよっ。嘘付いてないよっ」
「・・・」
 そんなことを話していたら、丁度赤信号で止まった。そして、橋本は小寺の方を見る。別に責めるつもりはなかったのだが。
 小寺は言い負けるもんかという表れなのか、胸の前で手をグーにしていたが、橋本と目が合うと見上げて、小さな声でそのまま呟いた。
「・・・ごめんなさい」
「・・・許しますけど・・・」
 ちっちゃ。と、思った。それは体格の問題か、小寺の中身の問題か。
 とりあえず何気なく横を見たら、小寺の何もかもがちっちゃ過ぎてビックリした。その小寺が、いっそう身を縮めて謝罪なんかするから。
 すげー、ちっちゃい。そう思いながら、吹き出しそうになって、橋本は青信号で車を進めた。


「ところで、どこ行きます?」
 しばらくして、橋本はそんなことを言った。
「え? これ、どっかに向かってるんじゃないの?」
「いや。別に。当ても無く走らせてるだけです」
「・・・」
 そう言われて、小寺は窓の外を見た。
 マジマジ、見た。そして、橋本の方に視線を戻して、言う。
「っていうか、ここどこ?」
「え?」
 その質問に、橋本は吹き出して、それから言った。
「まだ、南区ですよ? 小寺さんのホームの筈ですけど?」
「え? ええ?」
 キョロキョロと橋本と窓の外の景色を交互に見て、小寺は首を横に振った。
「し、知らないもん。こんなとこ」
「えー」
 これが加藤だったら「小寺。ちっちゃいお前に言っておきたいことがある。いくらちっちゃくても、自分のホームくらいは押さえとけ。ちっちゃくて大変なのは分かるけど。な?」とでも言われただろう。
 しかし、その気持ちは同感でもある。小寺がどの程度車を運転するのか知らないが、自分の住んでいる区内くらい、把握しておいて欲しいものだ。
 まあ、良いや。
「じゃあ、どっか行きたい所、あります?」
「行きたい場所?」
「買い物でも、食事でも、何でも」
「・・・」
 そう言われて、小寺は考えるように黙った。
 そして、しばらくすると頭を抱えて唸りだす。
「・・・」
 また赤信号で止まって、橋本は隣でちっちゃくなっている小寺に言った。
「そんなに迷わなくても」
「違うの」
「はい?」
 わなわなとした感じで、小寺は自分の手を見ながら芝居がかった声でこんなことを言う。
「この前ね」
「・・・? はぁ」
 そんな話をしていたら、信号が青になった。橋本は芝居を続ける小寺から目を逸らし、運転をしながら話を聞く。
「お給料が出た日にね。買い物しようと思って、会社の最寄の駅でウロウロしてたの」
「・・・」
 懐が暖かくなると買い物に行きたくなるのか。と、分かり易い小寺にまた笑ってしまいそうになりながら、橋本はまた「はぁ」と頷く。
「そしたらね『あれ』を見てしまってね」
「あれ?」
「でね。アワアワしてたら橋本君に会ってしまってね」
「・・・」
 そこまで聞いて、いつのことか分かった橋本は、そこの角で右折しようと思い、ウインカーをつける。
「だからね。買い物が出来ずじまいでね」
 あの日のことだ。加藤と田中のラブラブシーン(?)を見てしまい、橋本に爆弾発言をされた日のことを言っているのだろう。
「要するに買い物がしたいってことですね」
 小寺が思い出を全部語る前に悟った橋本は、最近出来たばかりの大型のショッピングモールに向かうことにした。


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