第三章 部長の秘密? バレる。

 てくてくてく。
 金曜日のことだった。
 会社帰り。給料日後ということもあって、小寺は職場最寄駅近のショップめぐりをしていた。何が欲しいという訳でもなかったのだが、懐が暖かいと、どうにも買い物がしたくなる。服に小物にバッグに靴に・・・。あー。何を買っちゃおうかな。
 うひひひひ。なんて、変な笑いを心の中でかみ殺す。だからといって、欲しいものが見付からなければ結局はウインドウショッピングで終わってしまうのだが。
「・・・ん?」
 ちょっと大きいかな? なんて、鏡の前で服を合わせていた小寺の目が、急に真ん丸くなった。
「んん?」
 鏡越しということを忘れてしまったのか、小寺は更に近づいて鏡を覗き込むが、自分が大きくなるだけなので何の解決にもならないことに、すれすれまで近づいても気付かない。
 あれ? 今、見慣れたでかい人がいたような?
 目をパチパチして、鏡の向こうの自分が驚いたように目を丸くしてから我に返って慌てて振り返ると、勿論すでにその人は小寺を通り過ぎていた。慌てて店の外に一歩だけ出ると、人ごみの中にちょっとだけ出っ張った頭が見える。・・・加藤っぽい。後頭部半分くらいしか見えないけれど、この見上げる角度は加藤っぽい。
「・・・」
 それを、服を自分に合わせたままの格好で、小寺はじっと見ていた。自分でも、どうしてか分からないけれど、加藤(らしき人物)の後頭部を、いつまでもいつまでも見送っていた。何かが引っ掛かるような。何か・・・。
 何かが・・・。
「・・・」
 どのくらいの時間が経っただろう。ずっとずっと見ていたような気がするが、多分十秒に足りるかどうか。
 小寺は、瞬きを一度した。そして、我に返ったように、体に力を入れる。その証拠に、わかり易く肩が上がった。
「・・・」
 気が付いたら。
 ちゃんと服を元あった場所に戻し、小寺はミニチュアダックスのように小走りで人並みに飛び込んでいた。目標? 勿論、あのでかい人。


 右から左。左から右。前を歩いていた人が急に立ち止まったり、その脇からこっちに向かってくる人がいたり・・・。もう、もみくちゃ。
 あわわわ。
 小寺は、そうなってから「何でこんなことをしているのか自分」と、思った。めまぐるしく変化する目前の様子に、だからといって足を止めることも出来ない。
 元々人ごみの中を歩くことが、小寺はあまり得意ではない。認めたくないけれど、人よりも少し小さいせいで、周囲の人間達の確認が少し遅れるのかもしれない。そんなことを思う位、色々な人にぶつかってしまう。
「す、すいませーん」
 そう呟くように言いながら、小寺はあの「でかい人」を追った。まだ確証が得られない以上、そう呼ぶしかない。
 この頃には最早、意地になっているような気がした。こんなにぶつかったんだから、諦めるのが馬鹿馬鹿しいと。とりあえず確認だけでもしてスッキリしよう。と。ただそれだけの理由。
 だって、最初から確たる理由など、考えてみれば何も無かったのだ。それなのに追い始めてしまったから、後付でも何でも理由をつけないとやってられない。
「いたっ・・・すいませーんっ」
 もう、意地というか自棄。だって、こんなに大変で痛い思いをするのは、全部全部あのでかい人のせいだから・・・って、考えてみると、被害妄想もいいところである。
 一方、でかい人は、難なく人ごみを進んでいるように見える。まるで、周りの人がよけているかのようだ。やっぱり、大きな人はこんなところでも有利らしい。小寺はじたばたしながら何とか間とかその頂を目指す。それにしても。
 ・・・それにしても。である。
 なん・・・だろうなぁ。何かが、ひっかかる。どうしてだろう。何か・・・。
 そう。言うなれば「潜在意識」。自覚しないのに、そこにある・・・なにか。思い出せない記憶のような。
 もやもやもや。
 それは、どうしてだか、彼に近づけば理解出来る気がした。だからきっと、追うのをやめられないのだ。もしも何もなくても、きっとそれはそれでスッキリする。何はともあれ、追い付きさえすれば・・・。
 そしてその原因は、程なくして理解した。幾ら歩幅が狭くて障害多くても、じたばたと進んだ小寺はやがて、のんびり歩くあの人の背中を直に拝むことになった。
 そして。
「・・・え?」
 ありえない・・・というか、微塵も想像していなかった光景に出くわした瞬間、小寺の足は止まった。
 今まで闇雲にかき分けていた人ごみが、今度は小寺の部分で二つに割れて進んでいく。まるで、川の流れを割く石の様に。
「・・・嘘」
 思わず棒読みで呟いた。そんな言葉を発したことや、そう思ったことも小寺は意識していない。頭が真っ白で、何も考えられなかったのに、言葉は小寺の気持ちがこぼれてしまったかのように、ぽつんとそこに生まれた。
 いや、さっき「これ」を垣間見たから引っ掛かっていたのだと、今更ながらに自覚する。そうだ。さっき、違和感のあるものを見た気がしたのだ。ほんの一瞬だけ。それがどうしても引っ掛かって。
 追わずにはいられなかったんだ。
 音も立てずに、その言葉が小寺のつま先に落ちた頃。
 小寺の肩が、ポンと叩かれた。
「ひえっ」
 と、素直な悲鳴を漏らして肩を竦めると、後ろからも驚いたような声が聞こえる。
「な、何すか。どうしたんですか?」
 聞き覚えのある声に振り返ると、橋本が目を丸くして小寺を見ていた。右手が小寺の肩を叩いたままの形で宙ぶらりんになっている。
「あわわわわわわわわわ。は・・・はし・・・はし・・・」
 真っ赤な顔をして、小寺は彼を見上げる。何故か「助かった」という気持ち。道に迷い始めていた小寺の意識を、迎えに来てくれたような。
 見知らぬ土地で、知り合いにばったり会えたような、そんな気持ち。
 もしくは、隠しておきたかったことを知られてしまったような。
 とてもとても、複雑な気持ち。
「・・・は、橋本・・・君」
 色々なことを整理しようとするかのように、小寺はまず、ちゃんと橋本の名前を呟いて彼を見上げた。そして、大きく深呼吸する。すーはーすーはー・・・。
「??? 走ったり止まったり、迷惑ですよ」
 どこから小寺を見ていたのか。橋本はそんなことを言って、しかし顔をしかめるでも嗜める風でもなく、むしろ不思議そうな顔をしてから、こう言った。
「どうかしたんですか?」
 何すか。という、先程の橋本の言葉を、何となく微笑ましく思いながら、小寺は混乱しつつもあの人が去った方を指差して言う。
「あの。あの」
「?」
 この瞬間に通り過ぎていく人達は、多分二人が知りだなんて思いもしないに違いない。
 泣きそうな顔をして一方を指差す小寺は、道に迷った子供にしか見えなかった。よって、何も知らない者は小寺の方が年上だとも見えないに違いない。
「か・・・かと・・・」
 一瞬。
 言ってもいいのか。という理性が言葉を邪魔した。故にその後、ちゃんとした固有名詞が小寺の口から出てくることは無い。
 でも、その二文字で当然橋本は察する。
「? 加藤さんですか? 見たんですか?」
 小寺のことを避けもせず、頭の上から小寺の向う側を覗くように少し背伸びして橋本は呟いた。
 ここまで来たら、もう全部言ってしまおうと思って、小寺は何度もウンウン頷く。
 職場の最寄り駅だし、別に全然変なことは無いでしょう。当然そう思ったであろう橋本がこっちを見たのを確認して、息切れする呼吸を整えながら小寺は呟く。
「お・・・お・・・」
「お?」
「おん・・・なの人と・・・歩いてた」
「女の人?」
 確認の為なのか、一度言葉を繰り返してから、橋本はもう見えもしない加藤が去った道を、もう一度チラリと小寺越しに見ながら呟く。
「田中さんじゃないんですか?」
「!!!!!!!!!」
 ずがーん!! と、どっかから音が聞こえた気がした。頭を殴られた音だ。実体の無い橋本の声に。
 だって、そう・・・思った。彼女の後姿を見て、小寺もそう思ったのだ。でも、認めたくない。認められない。だって、だって。
 だって、加藤はその女性と手を繋いで歩いていたのだ。仲良さそうに。笑いながら。指と指を絡めて・・・っていうか、もうこの際だから単刀直入に表現するが、恋人同士みたいに歩いていたのだ。いや、加藤が「あれはただの友達としてだな」とか言って、ふんといつもみたいに鼻を鳴らしたとしても、小寺は全力で否定する自信がある。じゃあ、あんたとあたしがああいう風に歩くのはおかしくないって言うんですかい!? 逆の立場だったらおかしいと思いませんかよ!? と。動揺のあまり、中途半端過ぎてどこが敬語か分からない感じで。
 色々と総合した結果。
「・・・」
 ふらふらふら・・・と、平衡感覚を失った小寺の腕を半ば持ち上げて何とか支えた橋本は、目を丸くして言った。
「何!? どうしたんですか!?」
「いいいい・・いい」
「い?」
「・・・意味が・・・分からない」
「意味?」
「な・・・何で、何で・・・あんな? あの二人が? あんな? あんな・・・何だあれ?」
 橋本に寄りかかるようにして呟く小寺は、意味不明な言葉を延々繰り返した。一応疑問形になっているので、要は加藤と田中のことが理解出来ないということだけは橋本に伝わる。
「何だあれって・・・」
 ちょっと落ち着いて。と、とりあえず引きずるように小寺を通りの端っこに連れて行った橋本は、ここにきて言い辛そうに言った。
「・・・あのー・・・」
 その声に、小寺は視線だけを上げる。視界の、上の上の上の、本当に視界の上部の端っこだけで、橋本の目が見える。
 橋本は、その小寺の視線を受け止められているのか否か、明後日の方向を向きながらボソッと呟いた。
「・・・この前から思ってたんですけど、小寺さん・・・知らないんですか? ・・・ね?」
 小寺が「何を?」と言う前に、橋本がもう一度ボソッと、呟く。
「あの二人、付き合ってますよ?」


戻る 目次 次へ