第二章 客と話すだけが営業の仕事ではないらしい。 2

「小寺ちゃんて、本当に肌が白いわね」
 キーボードを叩いていると、隣の席から田中がまじまじと小寺の手を見ながらそう言った。小寺にしてみれば田中も充分白いと思うのだが、どうも世間一般の目で見ると、小寺の方が白いらしい。
「そうですかね?」と自分の腕辺りを見ながら、小寺は呟く。
「そーよ。そんな綺麗な肌貰って、お母さんとお父さんに感謝しなさいね」
 対照的に髪も黒くて艶々だし、羨ましいな。にっこりと笑った田中に、甘えた声で「お姉ちゃん・・・」と、思わず心の中で呟いてから小寺はポツリと呟く。
「・・・橋本君は、髪茶色いですよね」
「橋本君? あー。そうね。茶色いわね」
 田中はどうでもいいことだと思ったのか、書類を机の上で束ねながら小寺の方を見ずに呟く。
「そんなに派手な色じゃないけど、何でか目立つのよね。初めて見た時はどこのホストかと思ったわ」
「あ、あたしも」
 あははは。と、二人で盛り上がってから、小寺は今更疑問に思ったことを呟く。
「そんな外見だったのに、加藤さん、よく採用決めましたね」
「ん? ・・・んー。そうね」
 田中が昔を思い出すように宙を見て、意味ありげに笑ってから小さく頷いた。
 勿論、採用は役員の意向が殆どなのだが、営業部の人材ということで加藤の意思も多少反映されていることを小寺は知っている。自分の採用面接の時もそうだった。一次面接の時には、加藤の他に田中もいて「ちっちゃいなー。可愛いなー」という加藤の延々続く呟きを、田中が無視して面接を進めていたから良く覚えている。というか、忘れようが無い。変な会社だけど楽しそうだなと、他にも採用してくれた会社はあったが、小寺はここを選んだのだから。
「ま、結局は中身だから」
 田中はそう言って束ねた書類をクリアファイルに入れてから処理済のケースに入れる。この前の展示会で加藤が初受注した客先だ。
「・・・中身・・・」
 そう言われて橋本の中身を自分の中で探ってみる。考えてみると、加藤と同じく、案外からかわれた外身の記憶しか見付からない。
「でも・・・営業さんなんて特に、外見も大切じゃないですか?」
「そりゃ、勿論」
 肩を竦めて、田中は笑った。そして、仕事の手は止めずに、こんなことを話し出す。
「あたしは直接面接した訳じゃないから聞いた話だけど、加藤君、一発目で橋本君に言ったんだって。『自分が結構派手な外見て、自覚ある?』って」
「・・・」
 相変わらず、すごいことを言う部長である。しかも一発目で。
「・・・で・・・」
 きちんとした社会人経験の無かった筈の橋本は、この問いになんと答えたのだろう。自業自得とも言えるかもしれないが、自分が同じ立場で同じ質問をされたらと思うと、身震いがするほど、結構怖い。
「橋本君・・・なんて答えたんですか?」
「なんかね」
 肩を揺らして小さく笑いながら、田中は呟くように言った。
「加藤君はね。言い訳とか理由とか、言うかなって思ってたんだって。でも橋本君てば全然動じないで、それはそれはキッパリハッキリ『あります』って言ったらしいよ」
「・・・」
 ぶっと吹き出してしまいそうなのを、辛うじて手で押さえて、小寺は田中から顔をそらした。背中のほうから、田中の小さな笑い声が聞こえてくる。
「な・・・何ですか、それ」
「後々聞いてみたら、何にもしてないらしいけどね。地毛なんだって」
「えー? 信じらんない」
 だったら、そう言えば良いのに。と、小寺は至極真っ当なことを呟いてしまう。
「そうねー。でも、案外それが決め手だったらしいよ」
「・・・えー?」
 心底訳が分からなくて、小寺は眉間にしわを寄せた。加藤の考えることは、将来的に考えれば橋本のことを見てもほぼ間違いが無いように思えるが、時々理解が追いつかないことがある。
 思わず怪訝そうに田中の顔を見てしまい、田中には関係の無い話だと気付いてその顔を引っ込めた。
 でも、何だか釈然としない。加藤から見た、橋本の「長所」が聞けると思った期待は、しゅるしゅると風船の様に音を立ててしぼんでしまった。
「つまりさ」
 そんな小寺の心境を察してか、田中は作業を続けながら言う。
「何て言うのかな。感覚的な問題なんだろうけど、橋本君の話し方とか、言葉とか、表情とか、全部ひっくるめて『営業マン向き』って判断したんじゃないかな。加藤君は」
「・・・」
 それはまぁ・・・分からなくもないけれども。
 加藤とも仲が良いし、お客さんとも、よく笑いながら電話をしているし・・・それって、すごく大切なことだと思うけれども。
 でも・・・と、言いかけた小寺よりもほんの僅か早く、田中は言った。「それにね」と。
 その言葉に言いかけた反論を口の中でモゴモゴさせた小寺に、田中はこんなことを言った。
「この仕事をするにあたって、何が一番大事と思うか? って聞いた時、自分の答えと一緒だったんだって」
「・・・一番大事なこと?」
 加藤がそんな真面目なことを? ・・・と正直に言ったら怒られるだろうが、意外だった。この言葉に、小寺は橋本よりも加藤の中身を垣間見た気がした。そんな信念を持って仕事に臨んでいたなんて知らなかった。そりゃ、仕事は出来ると思っていたけれど、それは加藤のキャラとか経験とか、そういうものでカバー出来ているものだと思っていた。勝手に。でも、違った。
 一番大事なこと。営業マンにとって。・・・というか、加藤と橋本にとって。
 何だろう。売上とか、知識とか、笑顔とか、話術とか?
 パッと浮かんだだけでもこれだけある。営業マンではない、小寺でも。営業マンが持っていれば損をしないものなど、この中にひとつでもあるだろうか? 逆に言えば、その中でも一番大事なものって何なんだろう? まあ、この中にあるとすら限らないのだが。
「田中さーん」
 その言葉に、二人は同時に右を向いた。見ると、加藤が田中に手招きをしている。小寺のモルモットを繋いだノートパソコンを見ながら「これ、これさぁ」とこっちも見ずに呟く。
「もー・・・何ですか」
 呆れたように返事をしながら、それでも田中はすぐに立って加藤の元に向かった。田中にしてみればため息ものなのだろうが、見ているこっちは微笑ましい。何だか、本当に恋人同士の「ツーと言えばカー」のやり取りに見える。
 それを見送りながら、ちょっとピンク色の脳みそで小寺は考える。田中が行ってしまった。もう、この話は打ち切りだ。改めて聞くのも、何だか照れくさい。加藤と橋本に興味があるみたいで。まぁ・・・あるのが正直なところなのだが。
 でも、なぁ。どちらさんにも聞く機会、なさそう。
 加藤を見、外出中の橋本の席を見てから小寺は小さなため息をつく。この前の展示会の昼みたいに二人で話せる機会があれば、割と聞くのは楽かもしれない。けれど、そんな機会は当分無い。とりあえず、その予定すらない状態。飲み会の予定も皆無。営業の仕事は遅くまでになるので、大体定時で上がる小寺とは時間が合わない。どうも加藤と橋本は・・・田中も時々、一緒に夕食を食べに行っているようだけれど。
 ・・・ちぇー。
 天上の蛍光灯を見て、小寺は心の中でそう呟いた。

 しかし転機は突然訪れる。
 全く予期していないタイミングで。


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