第一章 「150cmです!」 2

「大体、加藤さんがあんなんだから、橋本君まであたしの身長を聞いてくるんですよ」
 昼休み。三角のサンドイッチを両手で持って、小寺は姉さんにブーたれた。
「おまけに、もっとちっちゃく見えるだなんて失礼な・・・」
 もごもご。小動物の様な食べ方をしながらぼやく小寺に、コンビニのパスタをまきながら田中は言う。
「別に、加藤君のせいじゃないと思うけど・・・」
「田中さんには分からないんですよーっ! あたしが加藤さんを見上げる時、どれだけ大変かー!!」
 プンプン。もう、本当に身長が高いってだけでムカつく。尚もぶつぶついいながら、さっきと同じように両手でサンドイッチを口に運ぶ小寺を見ながら、、田中は気付いた。あ、あれだ。と。
 なんかに似てると思ったらハムスターだ。と。


「田中さん」
 そんな声が聞こえたのは、午後一番のことだった。
 その声にハムを止め、田中ではない小寺も反応して顔を上げると、壁際でファイルを整理していた田中に、加藤が注文書らしきものを見せている。
「これって、いつ入るんだっけ」
「何? 急に欲しいって言われたの? 納期まだ先だったでしょ?」
「・・・」
 そんな話をしている二人を、ぼんやりと見つめながら、小寺は思う。ちょっと・・・お似合いなんだよなぁー。あの二人。と。
 身長差も性格も、ばっちりかみ合ってる。と、思う。小寺の中では。付き合っちゃえばいいのに。
 とはいえ、そこには深く突っ込めない。主に田中に注目しながら、小寺は無意識で小さなため息をつく。入社して、ちょっと仲が良くなってきた辺りに、女の子の定番の恋バナをしたのだが。
 田中の反応は、こうだった。
「人には言えない、恋愛中なの」
 不倫だろうか。と、思った。それとも、ええと・・・駄目だ。不倫しか思いつかない。で? あの田中が? 不倫? まさか。まさか・・・。
 と、思いつつ、ちっちゃい小寺は、ちっちゃい事には関係ないが人生経験がそんなに多くはないので、それ以上の想像が出来ずに黙るしかなかった。それ以後、何となく田中とは恋愛話が出来ずにいる。自分から相談でも持ちかけられれば話しやすいのだろうが、残念なことにそれもない。憂いた田中の顔を、小寺はまだはっきりと覚えている。
 加藤は、小寺にとって気に食わない存在の塊である。というか、存在自体が気に食わないのである。とりあえず、でかいから気に食わないのである。でかいことが気に食わないのである。加藤というよりも、身長の存在そのものが気に入らないのである。・・・何のことだか、分からなくなってきたが。
 でも、その気に食わない・・・基、身長のアレコレさえなければ、正直良い男だとは思う。田中が仕事が出来ると認めるくらいだ。三十歳で小さな会社ではあるが部長であることも、部下をまとめる才能も、全部素直にすごいとは思う。部下のミスに寛容だし。だからと言って、なあなあでもないし。
 顔も悪くないし。スタイルだってスラッとして良いし。性格だって面白おかしくて明るくて楽しいし。ただ、馬鹿だけど。
 本当に、馬鹿だけど。年上で、上司だけど、これだけは譲れないという位、馬鹿だけど。
 んでも、愛すべき馬鹿である。下らないことに、仕事よりも真剣な顔をするお馬鹿さんなのだ。正直、憎めない。
 そんな、単純というか、純粋というか、馬鹿というかな加藤と、現実的で大人で包容力のある田中。
 やっぱりお似合いだと思うんだよなぁー。
「口、開いてますよ」
「え?」
 瞬きをしたら、目の前に橋本がいきなり現れた。
「わわわわ」
 じたばたと手足を動かした小寺を、加藤ほどではないが見下ろして、橋本は呆れた様に自分の背後を見る。
「加藤さんと田中さんですか?」
 その声と一緒にもう一度視線を戻すと、二人はまだ注文書を覗き込みながら何かを話している。
「小寺さんの獲物にしては、大物過ぎるんじゃないですか?」
「・・・」
 それは文字通り大きさの問題なのか、それとも格の問題なのか、どう理解したものかということと驚かされたことに対する怒りで、小寺はほっぺただけ膨らませて橋本を見上げる。
 それにしても、橋本も言うようになった。こっちの方が小物でも先輩なのに。こんにゃろう。
「何? 何用ですか?」
「この研磨剤って、いつ入荷するんですかね?」
 小寺の不機嫌な声にも全く動じることなく、橋本は小寺の前に新製品のリーフレットを出した。歯科材料メーカーからの宣伝用のものだ。ちょっと前、加藤と橋本が売り込みに行くというので製品の売りを話していて、そのリーフレットには見覚えがある・・・が。
「え? 入荷日?」
 いつだっけな。いつ注文したんだっけ? っていうか、そもそもあたしが注文したっけ?
「・・・」
 加藤を見上げる角度位で宙を見上げた小寺を見て、橋本はちょっと呆れた顔をした。あ、覚えてないな。と、誰が見ても分かることを受け止めながら。
 田中さんなら即答するのに。と、その時だけは意見の一致をみる。
「あ。ねぇねぇ、そんなことよりもさぁ」
「・・・」
 そんなこと。分からないと困るんだが。そう思いながらも、一応は先輩なので橋本は小寺の手招きに応じて隣に行った。何だか内緒話みたいな雰囲気。
 案の定(?)小寺はコショコショと小さな声で、こんなことを言う。
「加藤さんと田中さんて、お似合いだと思わない?」
「え? そりゃー思いますけど?」
「おお? 思う? やっぱり?」
 あっさり同意が得られたのが嬉しくて、橋本の上着を引っ張りながら小寺はもっと小さな声で言う。
「お似合いって、あれだよ? 男と女としてって意味だよ? 分かってる? 身長とか年齢とか、そういうんじゃないよ?」
「わ、分かってますよ。勿論」
「へー。そーなんだー。やっぱりお似合いだって思うんだー」
 自分の感覚が肯定されたのが余程嬉しかったのか、小寺は腕を組んで「うんうん」と満足げに頷いた。その表情に一瞬訝しげな表情を浮かべた橋本が、小寺に向かって何かを言いかけるが、その言葉は出ることもなく遮られる。
「何がお似合いなんだ?」
 後ろ・・・というか、上から声が降ってきた。真上を見上げると、加藤が小寺の真後ろから見下ろし・・・というか、見下している。
「・・・あわわわ」
 真上を見上げて、小寺はその言葉だけを延々繰り返した。そのうち、本当に泡でも吹くのではないという表情。
 見かねたのか、橋本がその間に割って入ろうとする。
「いや、小寺さんが加藤さん・・・」
「言っちゃ駄目ー!!!」
 慌てて口を塞ごうとしたが、間に合わなかった。
 というか、加藤に首根っこをつかまれた小寺は「ぐえっ」という声を残して沈黙する。
 しかし、どうやら橋本の言葉を聞こうというよりも、自己主張がしたかっただけのようだ。小寺に青いチェックのネクタイを見せながら、加藤は満足げに言う。
「そうか。何だ照れるなよ。俺のオニューのネクタイに気付いたんだろ。小寺は偉いな」
 なでなで。ちょっと顔色が紫っぽくなっている小寺の頭をわしゃわしゃにして、加藤は満面の笑みで頷く。これが、加藤が馬鹿だといわれる所以である。そういう所に助けられた・・・というか、救われたり見逃されたりしたのは、加藤に接した殆どの人間に当てはまることであろう。
「でも、部長の格好良さに夢中なのも、そろそろ終わりにしなさい」
「・・・はい」
 違うし。とは、言いたいけれど言えない小寺の葛藤を、その視線の先にいた橋本だけは、確かに感じ取っていた。「言ったら許さないかんね!」という、主張がチクチクと肌を刺す。
 はいはい。分かりましたよ。という意思表示の代わりに二人から顔を逸らし、入社2年目のまだまだフレッシュな橋本は思う。
 変な会社。と。



 そんな小寺は、多分知らない。
 橋本が、自分のことをどんな風に思っているかなんて。
「小寺ー。ちょっと来い」
 それは、橋本が入社して三ヶ月目くらいのことだっただろうか。加藤のハッキリとした大きな声が、営業部に響き渡った。
「はーい」
 その声に顔を上げると、てってって、と、小寺が小走りで加藤の席に向かって行くのが見えた。加藤の席の後ろには、田中が立ってる。
 座っているはずの加藤は、背丈があまり変わらないように見える小寺に、小さな何かを渡して言う。
「食え」
 渡されたのは新商品の試供品らしい。
「あ! 枝豆味のキシリトールガム!! とうとう商品化ですか!」
 と、小寺は叫びながらも袋を開け、そのまま口に放り込んだ。
「・・・」
 枝豆味・・・。
 と、色々な意味で興味を惹かれた橋本の前で、小寺は親指を立てて、モゴモゴと口を動かしながら叫ぶ。
「おいひい!」
「そうか! うまいか!」
「良かったねぇ。小寺ちゃん」
 あははは。
 と、楽しそうに笑う三人を見て、橋本は思ったのだ。
 親子・・・。と。

 そして、その後「小さな子供にも大人気! のキャッチフレーズで売りまくれ!」と、加藤に試供品を大量に渡された橋本は、本気で一度会社を辞めようと考えた・・・のは誰も知らない話。


「ふぁわわわ・・・」
 間抜けな声を出して、小寺が大きく息を吸い込む。何なのかと思って橋本が顔を上げ、見ていると、田中の方に顔を向けて・・・というか、厳密に言うと鼻を向けて目を閉じている。くんくん。子犬みたいに鼻を動かして、目を閉じると「すはー・・・」と息を吐いた。
「相変わらず田中さんのコーヒー、いい香りですねー」
 その言葉を聞いた瞬間、橋本の鼻腔にもいい香りが触れた。田中はいつも、ドリップ式のコーヒーをブラックで飲んでいる。その香りがふんわりと営業部のデスクの辺りを包み込んだ。
「でも、苦いからなー」
 ぶつぶつ言いながら、小寺はモルモットをなでなでする。今日は加藤は終日外出予定だ。加藤のモルモット発言からこっち、例にも漏れず橋本にもモルモットは小寺にちょっと大きめに見えてしまう今日この頃。
「この苦味がいいんじゃない」
「えー・・・」
 入れたてのコーヒーの香りを楽しんでから、田中は一口飲んで満足そうに口角を持ち上げる。
「小寺ちゃん。苦味が美味しく感じられれば、大人の階段を一段上れるかもよ」
「えっ」
 そんな訳あるかい。と、橋本は思った。多分、程々に大人なら、きっとちゃんとそう思うだろう。
 が、しかし、小寺は身長と同じく、ちょっと(?)その域に達してなかったらしい。次の日からインスタントコーヒーを入れてクンクンしている小寺を目撃して、橋本はちょっと脱力した。香りには満足したようだが、ブラックを飲んで顔をしかめている小寺を、もう見ていられなくて明後日の方を向いていたことなど、小寺は当然気付かない。
 思えば、そうだ。多分、そういうことだ。
 気付かないから。気付かれていないと思っているから、こそこそと加えているのだ。必死にかき混ぜて溶かしているのだ。
 ミルクと砂糖を。


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